お時間あらば、しばし立ち止まっていただければこれ幸い。足跡なぞも残していただければ極上のヨロコビでッス。

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『IL MUGNAIO URLANTE』という北欧の作家さんのイタリア語翻訳本を少しづつ読んでは、相方に読み聞かせています。最初は自分の勉強のために始めてみたのですが、最近ではだんだんこの読み、聞かせる楽しさにハマリつつあるんですよね。

楽しいのよ、結構

食事が終わってのんびりしている時や、寝床でゴロゴロしながら、車の中で。。などなど、ちょっとした時間の隙間を見つけながら、少しづつやっています。相方はただ聞き、たまに発音を直し、終わった後の私の分からなかった質問に軽く答えたりします。そこから会話が弾むこともありますね。彼は最近、小説を読むヒマがないので、そこそここの時間を楽しんでくれているようです。

最初は読むのが精一杯でギコチなかった読みも、最近は自分なりの解釈をいれたりして工夫しながら読むようになってみたり。。゛演じる゛なんて、そんな大層なもんじゃないですが、相手の反応が返ってくるのが楽しくて、少しでもこの小説の面白さを引き出せればと抑揚や間、登場人物たちの性格を生かした表現はできないもんかい?などと考えたりしています。

そうそう、シュ-ベルトの『魔王』って曲がありますよね。この曲には、登場人物が4人出てきます。それを伴奏者とともに、ひとりの歌い手さんだけで表現しなければならない曲です。技術はもちろん、表現力がかなり問われる曲でもあります。優れた歌い手さんだと、原語のドイツ語が追えなくても、誰が誰だか分かります。ということは、ひとりででもそれだけ演じ分けられる。ということなんですよね。って、至難のワザですが。。

そう考えると、声の表現力の幅広さ、オモシロさは無限に広がって行く気がするなぁ。

以前、相方が英訳された日本の詩(俳句か?)を「紙に書いてくれ」と持ってきたことがあります。ねこの恋

髭に付く 
めしさえ覚えず
猫の恋


私も気に入って、たまに自分が描いた紙(→コレでッス)を見ながら声に出してみたりしてます。

なんか、キます。。ツボに

惜しいことに、相方は日本語を解せませんです。ほんと、惜しい!そのくせたまに、「イイじゃん」なんて日本語を持ってきます。こんな時、同じ母国語だったら、もっと言葉から得られる楽しさを共有できるのになぁ。なんて思ってもみたり。。

まぁ、でも仕方ないんで、物事は良い方に考え、「だからこそ、言葉の世界が広がるってのもあるし」と思うも、ちと残念。あぁ、そうか。音楽のように朗読をすることができれば、言葉の壁を越えて「イイなぁ」感を共有できるのかも?ちょっと試みてみようかしらん。

朗読の世界、奥深そうです

もし、声に出してみたとき、「イイかもぉ」って文や言葉をご存知でしたら、教えてくださりませ。何語でも良いです。まずは響きを楽しみたいので。。
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